お金と丁寧なお付き合いを

私の今月のお小遣いは…

1万円だ。

なんだかんだで出費があって…

1万円だ。とほほ😂

もう少しお小遣いあったらな、
気持ちにゆとりが持てるな、
増えたらいいのにな、
増やしたいな、

と、欲をかいて
パチンコに行ってしまった。

初当たりを引くのに
8千円も使ってしまった😱
6千7百円返ってきたので
1千3百円の損失で済んだものの…

半ばヤケ糞だった気が😑

お金、大事にせなあきませんね。
お金とヤケ糞で付き合う人間の元に
お金も喜んでやって来てはくれないですよ😓

これからは丁寧にお金とお付き合いしよう。
うん、必ずそうしよう。

愛すべきぼんくらを目指して

私は、ぼんくらだ。
子供の頃から人の顔色を見ておどおどする癖がある。
そのせいか、鈍臭い事をしょっちゅうやらかす。
若い頃は生き辛くて、死んでしまいたい程
自分が情けなくて仕方がなかった。
歳を増すにつれ、良くも悪くも図太く居れるようにはなってきたものの
最近になってまた、おどおどする癖が出てきたような気がしている。
更年期の症状かしらん⁉︎
人生の折り返し地点?らしい歳に差し掛かってきた近頃
自分以下でも自分以上でもない
《わたしは今日をどう生きたのか》
そのまんまの自分を受け止めたくなった。

自分のことを書いて見つめながら

自身を整理整頓してゆくとでも言いましょうか…
ここを、その場所にしよう。

売布神社

f:id:aoakuan:20170324005115j:image

宝塚市売布神社
私の産土の神様でござる。
真隣に建っている学校が丁度、卒業式だったようで
校門前と鳥居前に父兄の方々がいっぱいでビックリしましたよん。
何年かぶりにお参りに来させていただきましたが
何だか込み上げてくるものがありましたな。
これをノスタルジーというのでしょうか…
ただ、境内で遊んだ記憶も
階段を上った記憶も何もない。
当時住んでいたアパートの敷地内で遊んだ記憶はあるのに、なんでやろか?

よくよく考えると、
私が生まれる前、両親はある宗教に入信していて
それ以外の信仰を邪宗と呼び
当時は鳥居は通ってはいけない、罰が当たる!と言われてたな、と思い出した。
今はそのあたり大分緩くなっているらしいけど。

私はへんこつなのでね、
信仰に組織は必要ないと思って生きているもので、鳥居は通るは神社もどんどん行ってますけども。
罰が当たるどころか清々しい気持ちにさせて頂く事や
哀しみを包み込んで頂く事すらありますな。
おまけに旦那さんのご両親は厳格なクリスチャンやし、
その宗教の世界じゃ、業が深いだのかなり罰当たりな生き方になってます 笑。

この、自分のへんこつぶり
厄介に感じた時代もありましたけど
今は好きかも。

キリストであれお釈迦さんであれ
自分の腑に落ちた教えを祈ればいいと思うのだけど

慈愛のエネルギーとして見てみたら
境界線て、きっとなくて全部同じなのにね〜
だから私はどちらも好きだな☺️

 

悪いひとではないから…

悪いひとではないから…

誰かの人格を表現する時に

昔からよく耳にする。

こういう場合、大抵は、本当のところ

何かしら厄介なものを感じている。

そして、大抵のひとは悪いひとではない

だから、そこで迷う必要はなかろう。

厄介だと感じる、そのひとの行動に対して

正直に、今後、関わりたいのか否か

もう、それだけで良いと思う。